檸檬

1ヶ月ほど前、家の近くに檸檬の木があるのを発見した。その時のぼくは死にたくてたまらなかったから、「この檸檬が収穫されたら死のう」と決意した。死に方はまだ決めていなかった。

 

それからできる限り毎日そこに通った。檸檬は少しずつ少しずつ大きくなり、色づいてきた。それと同時に自殺を決行する日が近づいているように感じた。

 

でも、檸檬を見るたびに自分の心が明るくなっていくのを感じた。生きるか死ぬか、という極端な思考が頭の中から消え失せた。冬の朝の冷たい空気が心地良く、青空が美しいと感じるようになった。世界が輝いていた。

 

この1ヶ月間。ウォークマンの中から知らなかった曲を何曲か見つけることができた。補聴器をかえて、鈴の音を10年以上ぶりに聴いた。かわいいぬいぐるみが増えた。大好きなひとに逢えた。母親と縁を切って晴れやかな気持ちになった。空想の世界がより豊かになった。文庫本を読んだ。

 

そして昨日、檸檬が収穫されたことを知った。

 

もう死ぬつもりはさらさらなかった。というより、なぜ死にたかったのか忘れてしまった。